掲載日:2014年3月6日
板金展開に関しては60年以上前に出版された本が現在も改訂を続けて売られているぐらいで、 CADのない時代から定規とコンパスなどで板金の展開図を作成する手法が解説されています。
これらは基本的には板厚が薄く曲げRが大きい(以下、薄肉とする)場合の展開図で板厚中心の寸法を基準として幾何学的に展開していきます。
一方、板厚が厚く曲げRが小さい(以下、厚肉とする)場合は曲げ部で板が伸びる現象が発生して板厚中心の寸法による展開では誤差が出てくる場合があります。 この板が伸びる現象や薄肉の場合はなぜ板厚中心の寸法で良いかを理解するには「中立面」の考え方が重要で、 また厚肉で伸びを考慮した展開長を求めるには「曲げ係数」の考え方が重要になります。
ここでは板金展開の中でちょっと分かりにくいこの「中立面」と「曲げ係数」について解説していきます。
今回は下図に示すような簡単なステーを、鉄板を曲げて作ってみることにします。 仕上がり寸法は厳守ですが、曲げてから端面を削って寸法合わせするのは無しとします。 なおここでの寸法の単位はmmとします。
では曲げる前の鉄板の寸法は、幅は50ですが長さはいくつにすれば良いでしょうか?
まずストレート部の長さは
37×2=74
でこれは直ぐに分かりますね。 問題は曲げた部分で内rを7としていますが、この部分の曲げる前の長さが分かれば良いのですが内周長でもなさそうですし外周長でもなさそうです。
鉄のような延性材料は伸び縮みしますので内周側では圧縮を受けて縮み、外周側では引っ張りを受けて伸びます。 では内周側から板厚の内部の状態を外周方向に考えていくと、外周は伸びているので内周から外周に向かって徐々に縮み量が小さくなっていき、やがて徐々に伸びていくようになるはずです。 そして板厚内部のあるところで伸びも縮みもしない面ができていてそれを「中立面」といいます。
鉄のような延性材料で薄肉の場合は伸びも縮みも同量と考えられ、中立面は板厚中心になります。 これが薄肉の場合の考え方で展開図に板厚中心の寸法を使用する理由になります。
今回の例も薄肉として中立面を板厚中心と考えると内r7に板厚t6の半分を加えたR10の90°分の周長が曲げた部分の長さとなります。 この長さは
2×π×10÷4=15.7(小数点以下1桁に丸めています)
となりこれをストレート部の長さ74に足した89.7が最初に必要な鉄板の長さ(展開長)となります。
つまり、50×89.7の鉄板を内r7で曲げると前述のステーが出来上がるということになります。
ここまでの計算を、CADTOOL板金展開を使って確かめてみましょう。 ソフトウェアの機能のうち「板金板曲げ展開図コマンド」を使います。
冒頭に示した条件を板金展開9の板金板曲げ展開図コマンドに入力した例を次に示します。
展開長を見るには「展開データ」ボタンを押して幅を入力します。
板金板曲げ展開図コマンドでは直線部と曲げ部のそれぞれの展開長が表示され、前述の手計算による展開長は累積長のところに表示されていて 89.707963 となっていますので、小数点以下1桁で丸めれば同じ長さとなることが分かります。
ただし、ここで注意が必要なのは、中立面は常に板厚中心ということではないということです。 厚肉の場合は縮みより伸びのほうが優勢となり中立面は内側に寄ってきます。 このような場合は中立面がどの位置にあるのかが展開長を求める上で重要になります。
そこで中立面の位置を正確に表す係数として「曲げ係数」が使われます。 曲げ係数Mは次のように曲げRの内周から中立面までの距離Lを板厚Tで割ったものになります。
前述のように薄肉の場合は中立面を板厚中心の位置にあると考え、曲げ係数
M=0.5
を使います(あるいは板厚中心の寸法を使う)が、厚肉の場合は曲げ係数Mが0.5より小さくなる可能性があります。 また今回は90°曲げですが曲げる角度がきつくなると外側の伸びが優勢となるため曲げ係数も小さくなることがあります。
厚肉の場合の曲げ係数は材質や板厚、曲げR、曲げる角度が決まっていれば同じ値になるかというと、 そうではなく同じ鉄板でも曲げる向きが鉄板のロール方向かロールと直交方向かで違うとか、材質が同じでも関東と関西で違うとか言われこれは板金屋さんのノウハウとなっています。 また初めて使う材質の場合には曲げのトライアルを行って曲げ係数を求めておく必要もあります。
トライアルする場合の90°曲げの曲げ係数の求め方を下図に示します。
初めての材質で板厚に対して曲げRが小さく曲げ係数が0.5未満になる可能性がある場合は上記のようなトライアルを行って曲げ係数を求めておく必要があります。 また曲げRが各種ある場合はそれぞれの曲げRに対する曲げ係数も求めておきます。
さらに通常は90°曲げが多いと思いますが90°以外の場合も必要に応じて曲げ係数を求める必要があります。 曲げ係数の導入式は用いる寸法や曲げ角度により異なりますので各自で導入式を求めてみると曲げ係数についてより理解ができると思います。
導入式を立てる場合はいきなり曲げ係数Mを求める式を立てようとするのは難しいので展開長Wを求める式を立ててから変形すると良いでしょう。
板金板曲げ展開図コマンドではあくまでもサンプルデータという位置づけですが次に示すような曲げ係数データを用意しています。
縦の並びは左端に示すようにR/t(内Rを板厚tで割ったもの)でこの値が小さいほど曲げRが小さく、板厚が厚いことになり上にいくほど曲げ係数が0.5未満のものが増えてきます。 横の並びは曲げる角度になります。 ここでの角度は両側のストレート部の開き角度を使っているので数値が小さくなるほどきつい曲げとなり、やはり曲げ係数が小さくなっていきます。
この曲げ係数データはあくまでもサンプルデータという位置づけなのでトライアル等でこれを実際の材質にあわせて整備すればどんな板厚や曲げRでも正確な展開長が求められることになります。 全てを求めるのは大変なので実際に使う範囲で条件を変えて数点トライアルを行い、あとは適当に補間していけばそれほど大きな誤差にはならないと思います。
面倒でもこのような曲げ係数のデータを整備することが独自のノウハウになっていくと思いますので頑張って整備されることをお勧めします。 またそのデータをご提供していただくことができれば板金板曲げ展開図コマンドに追加して皆が使えるようにすることも可能ですので板金業界全体のレベルアップにもつながっていくと思います。 是非ご検討いただければと考えております。